ボクは農薬肯定派です(もちろんなるべく使いたくありません)

農薬の話はセンシティブで誤解を招きやすいことなので、考えていることがうまく伝わるように慎重に書きたいと思います。農薬を正しく使えば、農作業が軽くなり作物の品質が上がり収穫量を増やすことを、安全に実現することができます。巷には悪意を持った農薬攻撃論から、「良く分からないけど不安です」という意見まで多くの反農薬感情があふれていて、それに対して正確に安全性を説いた意見は皆無に等しい状態にあります。

現実には日本の多くの農家で農薬を使用しています。当然農薬使用歴は記録に残し、正しく使用されています。現在日本で使用が許されている農薬の安全性は、製薬会社と農水省で非常に厳しくチェックされています。どうして世論と現場の間に乖離が生まれてしまうのか、安全なのか危険なのか、身近なところでここではバナナを例に取って考えていきたいと思います。

 

バナナは船便で輸入されますが、輸送中に腐らないように防カビ剤が噴霧されています。具体的には チアベンダゾール(略してTBZ)という薬剤が使われています。バナナの農薬というとこの輸送中の防カビ剤のことが一番に話題に上ります。この薬剤について調べてみるとこんな記録が出てきました。

「マウスを用いた実験で、おなかの子供が奇形になったそうです。」

どんな条件下で奇形が生じたのか何も書いていないので、疑問を持たずにこの文章を読むと

「輸入バナナを食べたら奇形が生じた。」と勘違いしても不思議ではありません。

 

しかし、もう少しネットで調べていくと、この奇形の話の出所がわかりました。原典はどうやらこれではないかと思われます。

「東京都立衛生研究所が毒性実験 。ラットに体重1kgに対してTBZ1g、毎日経口投与したところ胎児の手足や尾に奇形が出ました。またマウスに、体重1kgに対してTBZ0.72.4g、毎日経口投与したところ、マウスの胎児にも、骨格異常や外表奇形などの症状が出ました。」

人間の体重を50kgとすると、妊娠期間中に薬剤を毎日50g飲んだ時に奇形が出たということになります。

 

また別のデータもみつかりました。

「ヤギと羊に体重1kgあたり、0.4gを経口投与したところ、その半数が死亡した。」人の体重50kgにあてはめると20gです。ここにはどれくらいの期間で死亡したのかは書いてありませんが、ひとつの目安になるデータだと思います。

更にこんなものもありました。

「人に対する推定致死量は、2030gです。 」そのものズバリですね。これにも死に至るまでの期間は書かれていませんが、大量に摂ると毒であることは想像に難くありません。

 

さてここまでは言ってみれば致死量について書いてきました。害が無いとは言えないということはわかりましたが、かなり多量に一度に摂取した時のことしかわかりませんでした。一日20gという非現実的な量でなくても毒は毒なのだから、危険ではないのかという不安はこれだけでは拭えません。そこで実際にバナナに施されているTBZの量について調べてみました。

食品衛生安全基準にはTBZについてこのように定められています。「一日摂取許容量は体重1kgあたり0.3mg。食品添加物としての残留基準は、柑橘類に10ppm以下、バナナに3ppm(果肉には0.4ppm)以下。 」一日の安全な摂取量は体重50kgにして0.015g、ということになりますが、これは致死量の20gの0.075%=1/1333ということです。更にバナナの3ppmというのは一本150g当り0.00045gです。果肉の0.4ppmの場合は一本当り0.00006gです。

細かい数字が並んでいますが、もう少し辛抱してください。バナナを一日何本食べたら摂取許容量になるかというと、0.015÷0.00045=33本です。果肉の基準値で計算すると250本になります。同様にTBZの毒で死亡する本数は一日44444本です。果肉の基準値で計算すると333333本です。

 

摂取許容量と致死量の間に1333倍もの開きがあり、更に摂取許容量は現実生活での摂取量よりずっと大きいので、例えば一日に5本食べたとしても致死量の1/8800という微量しかTBZを口にしていないことになります。

しかしだからといって安全であると言い切ることはできません。極微量であってもどんな影響が生態に及ぶかわからないからです。そこで食品衛生安全検査ではマウスやラットを使って実験を繰り替えしています。致死量を見極めるだけでなく、ppm単位の微量な投与を長期に渡って続け、生態に異常が起きない摂取量を許容量として見極める作業を継続しています。これは農水省や厚労省と薬剤メーカーが連携をとりながら行っているもので、ごく稀にですが一度認可された薬剤の使用許可を取り下げることもあります。

 

最初の方でTBZ投与でラットの胎児に奇形が出たという話を書きましたが、その時の投与量は体重1Kgあたり1g/日というとんでもない量でした。体重50kgの人に換算すると50g/日ですから半数以上の人が死亡するだけの大量投与ということです。

こうして事実を計算によって結びつけることで、安全性についてかなりしっかりした考えを構築することができました。

しかしそれでも「食品添加物」や「農薬」という「人工的な毒」はその正体が分からないので、何となく不安という気持ちは拭えないかもしれません。確かにここ数十年の歴史の中で食品添加物や農薬の毒性が元で事故や事件が発生してきたのは事実です。しかしそのような事故や事件の中には医薬品によるものも少なからず含まれているのに、医薬品については「得体が知れない毒」と思われることはまずなくて、副作用が出ても「自分には合わなかった」という表現で済まされます。

 

今回バナナの防カビ剤ということでTBZを調べてみておどろいたのですが、虫下し用の医薬品として今でも使われていることが分かりました。

http://www.okusuri110.com/dwm/sen/sen64/sen6429004.html

農薬や食品添加物は悪者扱いされがちですが、医薬品は役に立つ善玉です。同じ薬剤が両方で活躍しているとは知りませんでした。案外こういう薬は他にもあるのかもしれませんね。

 

致死量について他のものも少し調べてみました。薬局で誰もが買えるアスピリンは体重50kgに対して20gTBZと同じです。ビタミンC600g、食塩は150gということです。少し変わったところでは水中毒というのがあり一度に大量の水を飲むと死んでしまうそうで、イベント競技で7.6L飲んだ翌日に死亡したという実例があるそうです。何でも摂りすぎれば毒になるということですね。

 

これでバナナに付いている防カビ剤の量は、健康に影響を与えないだけ十分に微量であることがわかりました。バナナの防カビ剤に限らず薬剤は正しく使えば人間の手助けをし生活を豊かにしてくれます。日本は世界全体から見ると圧倒的に飽食の国ですが、発展途上国では薬剤を使わない栽培では収量が3割減って食糧不足に陥ってしまうといいます。そういう国ではジャバジャバと農薬を使っているのではないかというイメージを持たれるかもしれませんが、薬剤はとても高価で気軽にジャバジャバ使えるものではありません。またおそらく農政担当者も日本よりずっと自国の食料供給について真剣に取組んでいるでしょうから、技術指導も周到に行われていると想像できます。

 

これで大体書きたかったことは書き終えました。まだまだザルな内容なので悪意を持ってこの文章にケチを付けようと思えば幾らでも攻撃できると思います。ただ、現実社会では農薬以外にも様々な毒があり、知らずにそれらと接していても皆元気に暮らしています。結局のところは毒の濃度が健康を脅かすレベルより低ければそんなに恐れたり目くじら立てたりする必要は無いということではないでしょうか。

いずれ、野菜自体が持つ毒性についても書いてみたいと思います。簡単に言うと毒草だけが毒を持っているのではないということです。どうぞお楽しみに。